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オーケストラは未来をつくる

最終更新日: 2023 年 12 月 30 日

クラシック音楽も聴かないことはないのだが、やはり交響曲だと体力を使うので、どうしてもドビュッシーのピアノ曲のようなものばかりを流してしまう。そんな僕であるが、「マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の挑戦」と副題のついたこちらの本を読んでみることにした。その名のとおり、サンフランシスコ交響楽団と 1995 年から 2020 年までここで音楽監督を務めたティルソン・トーマスの物語である(この本の初版は 2012 年)。

アメリカのオーケストラは組織がまずおもしろい。非営利団体とはいえボードと呼ばれる最高意思決定機関の多くは経営者だし、管理部門を担うアドミニストレーションにも財務やマーケティングの専門家が多数在籍している。ヨーロッパのオーケストラは楽団員が合議による意思決定や持ち分の分配をするものらしいので、大きな違いがある。このあたりアメリカらしさというか、層の厚さを感じさせる。

そしてティルソン・トーマスである。彼の登場によってサンフランシスコ交響楽団は大きく飛躍した。楽団の自主レーベル「SFS メディア」を立ち上げたり、個人として Google が発案した YouTube Symphony Orchestra の指揮を務めたりするなど、多方面で活躍している人物だ。後者については実際に『Mothership』を観てみたが、電子音楽が響き渡っているし、中国の古琴による即興演奏は流れるし、シドニーのオペラハウスがプロジェクションマッピングでアートになるし、たしかに従来のクラシック音楽の概念を覆すような内容だった。

この本でとりわけ印象に残ったのは、サンフランシスコ交響楽団の 100 年を振り返るドキュメンタリーの最後に彼が語ったという以下のコメントだ。

私が曲を演奏するときにもっとも興味があるのは、音楽が止まったときに何が起きるか、音楽が終わったときに私たちが手にしているものは何かという点にあります。音楽の何かが私たちの内面に入り込んで、違う人間に変えるのです。このことが音楽の素晴らしい魅力であり、これまでも、そしてこれからも人々を惹きつけてやまない神秘なのです。
ジャンルは違うがジャズミュージシャンであるエリック・ドルフィーが、亡くなる直前に残したこの言葉が、急に思い出された(最後の録音となった『Last Date』で全曲終わったあとに流れる)。
When you hear music, after it's over, it's gone in the air. You can never capture it again.(音楽は空に消え、二度と捉えることはできない。)