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祭祀からロマンスへ

最終更新日: 2023 年 12 月 29 日

「April is the cruellest month」で有名な『荒地』の著者エリオットは、自らこの詩に注釈をつけている。そこで彼自身に大きな影響を与えたと語っているのが『金枝篇』とこの『祭祀からロマンスへ』だ。聖杯伝説を 30 年以上にわたり研究してきたジェシー・ウェストンが 1920 年に発表した、彼女の集大成とも言える研究書である。

日本人には聖杯伝説は馴染みがないかもしれないが、先ほどの『荒地』や『でも、これがアートなの?』で紹介されていたワーグナーの『パルジファル』など、多くの芸術作品で取り上げられるテーマでもある。自分もこの本を読むまでは、聖杯伝説とキリスト教とアーサー王物語は分かちがたく結びついているものだと思っていた。実際当時も聖杯ロマンス(聖杯を題材にした中世文学)の始まりについては、キリスト教起源説とケルト神話起源説、大きくこのふたつが主流だったらしい。しかしウェストンは農耕民族の豊饒儀礼にその起源を求めた。

文化人類学における論説の正当性というのは非常に曖昧で判断が難しいのだろうなと感じたが、エリオットをはじめとした当時の知識人たちが大きな影響を受けたことはたしかだろう。本書では以下のような指摘が随所に見られるが、複雑に絡み合った聖杯伝説をこのように解きほぐしてゆく過程はものすごく刺激的だった。

すなわち、人を当惑させる複合体全体の根本的起源は、秘教的な観点から生命崇拝とみなされている植物祭祀の中に、ただここにのみ見出されるべきものである。キリスト教伝説、そして伝承の民間説話が完成されたロマンスの集成に寄与するところがあったのは疑いのないところだが、しかし、それらは実際には補足的、従属的な特徴なのである。それらを本来の、根本的特徴と見なす批評はみずからの目的をくじくだけにすぎない。