『21 世紀の資本』もなかなかにインパクトがあったが、この本はそれに輪をかけて衝撃的だった。「エンデの遺言」が導入としてはありつつ、どちらかと言うと内容はドイツの思想家シルビオ・ゲゼルの紹介に近い。マルクス主義が台頭しつつあった 20 世紀初頭において、自由貨幣の概念を提唱した彼の洞察力は驚嘆に値する。ケインズも「シルビオ・ゲゼルは不当にも誤解されている。われわれは将来の人々がマルクスの精神よりはゲゼルの精神からいっそう多くのものを学ぶだろうと考えている」(『雇用・利子および貨幣の一般理論』)と評している。
ゲゼルの思想の中核をなすのは利子理論だ。主著『自然的経済秩序』に挿入された「この理論の試金石としてのロビンソン・クルーソー物語」はケインズも絶賛したと言われている。衣服や小麦、農具といったものを貯蓄しようとしても、ネズミやノミ、サビなどによってそれらはどうしても減価してしまう。だからこれらを多く所有するものは、貯蓄するよりもそれを必要とする人々に貸し与え、より新しい状態で返してもらった方がありがたいはずだ。しかしお金はどうか?お金は減価しない。それどころか利子を生む。モノであれば多かれ少なかれそれぞれに減価率があるから、早めに処理してしまった方がよいのに、カネには利子があるから、それとは反対に貯めて他のひとに貸してしまった方が得なのだ。それはすなわち、「ちょうど自分の車で渋滞を引き起こし、報酬が支払われなければ車を動かさないというよう」なものなのである(ディーター・ズーア)。
そこでゲゼルはスタンプ貨幣という仕組みを提案する。貨幣が減価するという思想に基づくものであるが、実質的には保有税に近い。これはまさにピケティが提唱していた資産税と本質的には同じである。しかも 1930 年代にはオーストリアのヴェルグルといった街などで実際に導入さえされている。これらは多大な成果をあげたとされるが、使用禁止の法令や裁判での敗訴によって、ほとんどが終結することになった。こうしたムーブメントがあまり知られてないのがなぜだかはわからない。おそらく多くの現代人にとっては奇妙な取り組みに見えるからだろう(自分だって、あなたの資産に利子がつかないと言われたら、別の投資先を考える気がする)。
実はドイツの経済学者ヴェルナー・オンケンが、『モモ』のなかにゲゼルや「老化するお金」というアイデアを提唱したルドルフ・シュタイナーの思想を認め、「経済学者のための『モモ』」という論文を書いている。彼はエンデ本人にも手紙を送っている。返事はすぐさま来たという。
ところで、老化するお金という概念が私の本『モモ』の背景にあることに気づいたのはあなたが最初でした。まさにこのシュタイナーとゲゼルの考えをここ数年、私は集中的に学んでいました。先行してお金の問題が解決されなければ、われわれの文化に関するすべての問題は解決されないだろう、ということに気づいたのです。