啓蒙主義という一見堅苦しそうなテーマを、『ドン・キホーテ』のような滑稽さでもって描いているのがとても印象的だった。『カラマーゾフの兄弟』でも少し書いたが、本書の主題は「すべては最善となるよう整えられて」いるとしたライプニッツの最善説に対するアンチテーゼである。原題も『Candide, ou l'Optimisme(カンディード、あるいは最善説)』だ。
実はヴォルテールもその思想に惹かれていた時期があったらしい。これを覆すきっかけとなったのが 1755 年 11 月 1 日に発生したリスボン地震である。その直後に彼が書いたのが『リスボン大震災に寄せる詩』で、この本のなかにも収録されている。以下抜粋となるが、そのときの感情がストレートに伝わってくる。
「すべては善、すべては必然」と、あなたは言う
何と、地獄の淵に飲みこまれたリスボンよりも
宇宙の全体はもっとひどいものだったというのか
神は永遠の発動因であり、全知全能の創造主なのに
燃えたぎる火山をわれわれの足下につくり
あえて人間を忌まわしい風土に住まわせたというのか
そう言って、あなたは神の力をさげすみたいのか
神の慈悲を否定したいのか
神は偉大なる工作者なのに、自分の設計どおりには
世界をつくることができなかったのか
こうした経験が、カンディードの有名な「とにかく、ぼくたち、自分の畑を耕さなきゃ」という言葉にもつながってくるのだろう。